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「吐きそうな、気を失ってしまいそうな気分で
ジョンに妊娠したことを話したの。
ジョンの顔を見ると、真っ青で目は恐れと混乱を見せて
長い間なにも言わなかったわ。
やっとジョンが永遠に続くかと思われた沈黙を破ってこう言ったのよ。
”やることはひとつしかないよ、シン結婚しなくちゃ”
ジョンはごく常識的な育てられ方をしていたので
何の疑いもなくこういう決断をしたのよ」
シンシアレノン
「地球上の90パーセントの人間、特に西洋人は子供をつくろうという意識からではなく
土曜の夜にウイスキーをあけた勢いだけで生まれてきた者たちだ。
つまり偶然の産物なんだ。
つまり偶然の産物なんだ。
それはジュリアンも俺もね。
息子として愛してないと言ってるんじゃない。
酔った勢いにしろ、当時はピルがなかったからにしろ、俺の息子であることにかわりない」
ジョンレノン
1962年8月23日 ジョンとシンシアは結婚をした。
結婚式の参加者は
ポール、ジョージ、ブライアン
シンシアの兄夫妻だけだった。
カナダに住んでいたシンシアの母親は出席できなかった。
ジョンの親族は出席を拒否し、この結婚式に誰も参加しなかった。
そして、その夜もジョンはビートルズとしてステージに立っていた。